めちゃめちゃ反省しております
30年前の大学3年生の時に僕は不注意から大きな事故を起こし、右前腕完全切断という大騒ぎを起こしました。
両親、弟を始めとする身内の皆様、事故を起こしてしまったアルバイト先、ケガの処置や僕を救急車に乗せるまでの救急対応をしてくださった方々、スゴイ速さで到着した救急車、僕が救急車で運ばれた後、機械に残った右腕を外して病院まで運んでくださった方、お休みだったのに病院まで駆けつけてくれて僕の手術を11時間もしてくださった先生、病院のスタッフの方々、全ての方々にめちゃめちゃ反省と謝罪と感謝の気持ちを持っている事をお伝えした上で、この文章を書き記します。
山積みの本という御見舞い
手術が終わり麻酔が切れた後、あまりの激痛に叫んでしまうため、父親に口にタオルを突っ込んでもらい地獄の日々を過ごした。
多くの方々がお見舞いに来てくださったがある日、病室に一人の男性が現れた。その方は僕が別のアルバイトをしていた時の5つくらい上の先輩で、山のように本を持って登場した。ベッドの上にある横長のテーブルの上に、10册はあろうかという本の山をドンと置き、こう言った。
「これで人生が面白くなったな」
僕がぽかんとしていると、
「お前は障がい者になったんだから、とにかく勉強しろ」
その先輩の言葉に、妙に納得したというか、その時の僕は「そりゃそうだな」と思った。語弊があるかもしれないが少しワクワクしたのを覚えている。ほぼ孫悟空である。おそらく無知で世間知らず、アホ過ぎて何も考えていなかったからだろう。そういえば母親から「あんたが悩まなかったのが唯一の救いだ」と言われたこともあった。
その日以降、経済の本、簿記や国家資格取得の教科書、大橋巨泉の著書など、先輩から頂いたいろんな種類の本を片っ端から読みまくった。
それまでまともに努力などしてこなかったが、手術やリハビリを繰り返しつつ、簿記や経済などを勉強した。先輩の家には大きなホワイトボードがあり、簿記などの分からないところの説明をしてくれた。それからしばらく図書館や専門学校の自習室で、日商簿記、建設業経理事務士、社会保険労務士などの資格取得の勉強を続けた。勉強以外にも、先輩は僕に手を差し伸べてくれていた。アルバイトもせず、治療と勉強だけしていた僕は収入0だったが、実家が電気工事店だった先輩は、知立や岡崎の土木事務所に会社の名刺を持っていく仕事を(おそらく無理矢理作ってくれた仕事) を与えてくれた。ご両親に頼んでくれたに違いない。世の中の事を何も知らない21才の小僧は、感謝しているつもりで実は全く感謝が足りていなかった。(そのことに気付くのは30年後)
以前書いたCBCラジオのテレフォン人生相談を聞きまくっていたのはこの頃で、土木事務所に行く道中にカーラジオで聞いていた。
そんな日々を足掛け4年ほど過ごしていた僕は、先輩から会社を一緒に起こさないかと声を掛けてもらっていたが、丁度同じタイミングで会計事務所への就職の紹介を受けた。また更に何も考えていない僕は、会計事務所勤務を選び、結果的に先輩の誘いを断る形になった。その後もしばらくお付き合いはあったが、結婚やら子育てやら仕事の忙しさやらで、先輩と会う機会がなくなり、年に1度の年賀状だけのやりとりになった。先輩に教わった経済や法律や金融の知識を自分のもののように人々に語って先輩の見様見真似で社会人として20年過ごした。室内練習場を作るぞ!という決意をし、動き出した1年前のお正月に先輩の年賀状を見た瞬間、今年絶対に会わなければといけない!いう天命があったので、先日先輩を食事に誘った。
20年ぶりに先輩に会い、いろいろ反省や、超反省や、本当に感謝をしていることを、改めていや初めてお伝えし、当時と全く変わらない人柄に感動しつつ食事をした。先輩がいたからこそ今の自分があるのだと伝え、食事をごちそうすることが会ってもらった目的だったが、結果的に食事代も出してもらうという、本当に反省しているのか疑わしい結果となった。今後はしょっちゅう会ってもらおうと決めた。
これからの僕がすべきこと
僕の人生は21歳で大きく転換しました。その時聞いた「これで人生が面白くなったな」は、その後の僕の根幹をなす言葉となっています。その後、仕事でもとても厳しい時期を過ごしましたが、その経験もケガもすべてが武器となり、財産となり、僕の人生を豊かにしてくれています。
これから僕がすべきことは、次の時代を生きていく若者たちが、道に迷い、悩み、答えを模索している時に、僕が人生の諸先輩たちから受けた教えを伝えていくことだと思っています。押し付けると「害」といわれるので、あくまでも聞かれたらですが。
スカイロケッツの選手たちよ、おじさんはいつでも質問を受け付けているからね。
そうやって後輩のお役に立つため尽力していきますが、僕は先輩に甘えて、これからもごはんに行きながら教えを乞い続けようと誓うのでした。