あなたが現在見ているのは 変な電話 -完全版-

変な電話 -完全版-

~あなたはこの詐欺になぜ引っかかることができたのか理解できますか?~

第1章 遠く響く「サギダ サギダ

遡ること25年ほど前、私がまだ30歳手前の頃の話である。
キンモクセイが香る穏やかな午後15時頃、その日私は午前のお客さんが長引いたため、遅めの昼食を取るべく某ハンバーガーチェーンのカウンターでメニューを見ながら、単品にしようか、ぜいたくにセットにしようか長考していた。将棋の竜王戦なら秒読みが始まろうかというタイミングで、携帯電話が胸ポケットで音を立てて振動した。長男を出産し、育児休暇中の妻からである。
「もしもーし何?」
「今日さ、昇進試験受けてるんだよね」
「受けてないよ」
「え?課長になる試験だよ?」
「もう課長だけど」
「取締役の小林って人から電話があったけど」
「うちの会社は個人事業だから取締役はいないよ」

その時、電話の向こうでお義母さんの声がうっすらと、しかし鮮明に聞こえた 「詐欺だ 詐偽だ」
ガチャ ぷーぷーぷー

「おーい!もしもーし」

第2章 衝撃の事実

ハンバーガー屋のお姉さんに謝って注文をやめて車に乗り込む。状況が理解できないままどうしようかしばらく悩んだが、とりあえず自宅に電話をしてみた。お義母さんが電話に出たので事情を聴くと、妻は息子を預けて一人で事件現場である文化会館の電話ボックスに向かったとのこと。
何故、事件現場が電話ボックスなんだ?
何が起きているのか訳が分からない。
文化会館はここから車で10分くらいだ。
とりあえず行ってみよう。

現場に着くと、電話ボックスの前に背の高い警察官がいて、その前でうなだれている女性の姿が見えた。あれに違いない。車を降りて近づいていくと、徐々に会話が聞こえてきた。
「・・で?どんな声だったの?!」
「取締役っぽい声っていうか・・・」
「取締役の声って何?聞いたことあるの!?」
妻はボケていないのに、かぶせ気味に警察官にツッコまれていた。私が人生で初めて、そして以後見たことない警察官にツッコまれる一般人の姿だった。警察官に会釈をし、私は会話に参戦した。どんな詐欺かまだ分からないが、名刺などをもらっていれば指紋くらいは付いているだろう。何か光明のようなものを見つければ少しは安心できるはず。
「顔は見たんだよね?」
「見てない」
「え」
「会ってない」
警察と目が合う(初回)
「ここにお金置いて、家で待ってろと言われたから置いて帰った」
目が合う(二回目)
「怪しいなとか迷わなかったの?」
「お金をそのまま置いていくのか、新聞にくるむのかを迷った。新聞にした」
(三回目)
僕と警察官がイルカだったら、「そこじゃないって」って超音波で聴こえてきただろう。

夕方になったからか、文化会館に生い茂る木々の日陰だったからなのか、時々吹く風に少し肌寒さを感じた。

第3章 事件の全容

その後、妻から聞いた話を要約するとこうだ。

自宅で息子と二人でいると、電話が鳴った。
「取締役の小林というものですが、今お宅のご主人は課長への昇進試験を受けています。
この試験には奥さんの行動力と決断力を試す項目があります。奥さんの決断力の試験だから、もちろんご主人には電話をせず自分で決めなければなりません。
今から銀行に行って50万円を引き出し、文化会館の電話ボックスに置いてくきてください。30分後にこの電話にもう一回電話をするので、3コール以内に出ることができたら合格です。」

そのまま輪ゴムか新聞紙にくるむか考えるのに時間をロスしたものの、新聞紙を選択し、出産後というハンデを抱えながらも、持ち前の運動神経でミッションを軽快にこなし、電話ボックスのちょっとだけ見えにくいところに新聞包みを置くという配慮を見せた後、速攻で帰宅。アパートの階段を駆け上がり、制限時間前に電話の前に到着したのである。そして、緊張か、階段を駆け上がったからか分からない心臓の音を聞きながら待つこと10分、いっこうに鳴らない受話器を見つめ、額にうっすらかいた汗を拭きながら、私の電話番号を回す決意をした、そして冒頭の電話の着信が、私のてりやきバーガーセット購入を妨げたのである。

第4章 ブルータスお前もか

私の個人情報についてかなり知っている犯行だったため、嫌だなと思いながら、もしまたターゲットになったら、か弱い妻と幼い息子が危険な目にあってしまうと不安に思いながら過ごしていた。
そんな中、3日間おとなしかった妻は、4日目に「私はあなたのためを思って行動したのだから、むしろ偉い。私を騙すやつが悪い」という境地に到達された。何も知らない息子の笑顔はとてもかわいかった。

それから2週間ほど経った週末、用があったので私は実家に行った。すると母親が開口一番、「そういえば、2週間くらい前に社会保険事務所から電話があったよ」といつもの笑顔で言った。いやな予感センサーが欽ちゃんの仮装大賞の点数パネルの速さで14点に到達した。
「息子さんはいますかと聞かれたから、今はここには住んでいない、アパートに住んでいる。住所、電話番号、勤め先を伝えた」とのこと。
点数は一気に20点まで到達し、合格の音楽が鳴った。私の個人情報発信基地がここだと特定された瞬間だった。

かーちゃんよお前もか


きっと詐欺師はことごとくハメられていくこの一族に、逆にちょっと不安になったに違いない。この後、世の中を席巻する「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」は、この犯人が全国の詐欺師に教えて流行ってしまったのかもしれない。

更にその数週間後、新聞の地方記事で、半田の方でそっくりの手口の犯人が逮捕された記事を見た。もし同一犯なら、前回打率10割だったから、今度もヒットを打てると思ったのだろう。

これが伝説の50万事件の全容である。あなたはこの詐欺に引っかかることができるだろうか?ある意味すごいのかもと錯覚してしまうのは私だけだろうか。失ったものは大きかったが、私はこの話で52万円分の笑いを取ったので、もうプラスに転じている。

~Fin~

この物語はフィクションです。