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甲子園とチンギスハン

散り際の美学

今年も甲子園の決勝を見ていて、暑苦しいのがカッコ悪い時代に感情むき出しにプレーする若者たちに、いいもの見せてもらったなーと感動しておりました。
自分がどうしても魅せられてしまうのはホームランなどの派手なプレーではなく、甲子園まで行ってバントしろというサインを出され、それをきっちりと決める選手、ここは絶対にエラーしたら良くない流れになる、と分かっているしびれる場面でいや~な所に飛んだサードへのショートバウンドを確実に捕球し、正確なスローイングで一塁アウトにする選手などの地味なプレーです。
プレッシャーがかかる中で、できて当たり前のことをしっかりやりきる、そのために彼らは小学校からどれだけの時間を野球に費やし、バットを振り、ノックを受け、グローブを磨き、苦しい練習に耐えてきたのだろう、と感慨深い気持ちになります。
特にトーナメント戦は、一発アウトの緊張感の中でプレーする姿に尊敬の気持ちしかありません。
曲がりなりにも、野球選手の父を15年くらいやり、最近自らも練習をしている自分としましては、そういったプレーの大変さを少しは分かっている(つもり)です。

もう一つ惹かれるのは、日本特有の感性だと思いますが、散り際の美学です。

世界的に見ても勝者が褒め称えられるのは当然ですが、日本には敗れた側の散り際、去り際に称賛を送る文化があります。
というかむしろ劣勢な方を応援するところがあり、判官贔屓(ほうがんびいき/はんがんびいき)という言葉もあります。
判官びいきとは、牛若丸こと源義経が、九男だったことと、その役職から「九朗判官義経(くろうはんがんよしつね)」と呼ばれていたことに由来して、苦労人で薄幸の英雄である源義経に同乗する、肩入れする気持ちを表した言葉です。
甲子園に限らずスポーツは、判官びいき丸出しで見ていることが多いです。

しかし一方、散り際、去り際、往生際が悪い人に対して厳しいのも日本人の特徴です。
勝負に負けた時、失敗したとき、間違えた時、不運に見舞われた時、そんな時に人間の真の姿が見えてしまいます。

50を過ぎ、人生の終盤が見えてきた今の僕にとって「潔さ(いさぎよさ)」が残りの人生の大切なテーマです。

源義経に話は飛びますが

義経はその実力から兄である源頼朝に命を狙われ、
牛若丸時代に京の五条の橋の上で家来にした弁慶を含む一行と共に山伏に変装して北へ北へと逃げますが、
安宅の関を通る際に義経の正体がばれそうになり、
マズイと思った弁慶が「お前のせいで疑われたじゃねえか」と主である義経を金剛杖でボコボコにしますが、
涙を流して主を打つ弁慶の忠義と悲壮な覚悟を察した役人は、
義経と見抜いた上でわざと見逃し、その話が「勧進帳」という歌舞伎の名作となりますが、それは置いといて、
奥州の衣川(岩手県平泉のあたり)で敵に襲われ、
主である義経を庇うため、
敵の矢を一身に受けながらも立ったまま死んだといういわゆる「弁慶の立ち往生」という故事も残しますが、それも置いといて、
死んだとされた弁慶は実はワラ人形だったとか、だから倒れなかったとか、そんな話もありながら、
義経も死んでおらず、そのまま大陸に渡り、モンゴル帝国の創始者「チンギスハン」になったとかならないとか、
チンギスハンが9本の白い布の旗を国家のシンボルとして掲げたり、9を重んじたのも「九朗判官」の9に由来するとかしないとか

甲子園を見ながら負けてる方を応援する自分に、判官びいきだなー、判官といえば義経だなー、義経といえば、高校時代に読んだ、高木彬光の小説「成吉思汗の秘密」にチンギスハンになったって書いてあったなー、が今回のタイトルです。